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【米国・NJ州にある慰安婦の碑撤去署名】ご協力お願いします! ニュース記事に関連したブログ

2012/05/12 02:09

 

 

こんにちは!

 

ホワイトハウスに慰安婦碑撤去を求める署名にご協力下さい。

 

先日東海の署名をされた方は、『Sign in』→『Sign this petition』だけで、簡単に署名ができます。 

 

サイトはこちら→ http://wh.gov/yrR

 

【私が見た従軍慰安婦の正体-小野田寛郎】http://tinyurl.com/75k8dey

 

【従軍慰安婦の真実】http://bit.ly/mSRJqI

 

【従軍慰安婦は性奴隷ではなく、自らの意思で志願した売春婦(動画)】http://tinyurl.com/3e2ceow

 

皆さま、よろしくお願い致します!m(_ _)m

 

 

カテゴリ: 政治も  > 外交    フォルダ: 日本の正しい歴史を知ろう

 

関連ニュース

『グローバル』とか『多文化共生』とか

2012/04/03 13:00

 

 

 

洗濯物を干しながら、ぼーっと、

 

『震災の時に随分、日本人は礼儀正しいって賞賛されたなぁ』

 

と、今まで読んだ日本人賞賛の記事や見た動画を思い出していました。

 

例えば、テキサス親父のこの動画など↓

 

http://www.youtube.com/watch?v=mBhgHvhI6Sg

 

 

 

『日本はダメだ』

 

『日本は遅れてる』

 

『中韓をお手本に!』

 

『世界をお手本に!』

 

 

などとマスコミが煽り立てるけれども、

 

世界が絶賛した国民がいる国が、

 

なんで他国をお手本にしないといけないのか、

 

私にはよくわかりません。

 

 

こうやって海外で暮らしていると、

 

『この国も、こういうところを日本から学んだらいいのにな』

 

などと思うことが、本当に山のようにあります。

 

もし日本人が他国から学ばないといけないことがあるのだとしたら、

 

 

『世界は日本のように、性善説でなりたっている訳じゃない』

 

 

ということを一番に持ってきたいくらいです。

 

 

『グローバル』や『多文化共生』は、

 

日本人の生活をレベルダウンさせるだけです。

 

世界が今の日本人を賞賛するということは、

 

まだ世界がそのレベルじゃないということだからです。

 

こういう言葉には騙されちゃいけません。

 

 

・・・ということを、洗濯物を干しながら考えておりましたw

 

 

 

カテゴリ: 世界から  > 南北アメリカ    フォルダ: がんばろう日本!

東条英機の遺書

2011/11/17 13:24

 

 
 
《処刑を前にした時のもの》 
 
 開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。
 
 今回の処刑は個人的には慰められるところがあるが、国内的の自分の責任は、死を持って償えるものではない。
 
 しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。
 
 ただ、同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。天皇陛下および国民に対して深くお詫びする。 
 
 東亜の諸民族は、今回のことを忘れて将来相協力すべきものである。東亜民族もまた他の民族と同様の権利をもつべきであって、その有色人種たることをむしろ誇りとすべきである。
 
 インドの判事には尊敬の念を禁じえない。これをもって東亜民族の誇りと感じた。 
 
 現在の日本を事実上統治する米国人に一言する。
 
 どうか日本人の米国に対する心持を離れざるように願いたい。
 
 また、日本人が赤化しないように頼む。米国の指導者は大きな失敗を犯した。日本という赤化の防壁を破壊した。いまや満州は赤化の根拠地である。朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。米英はこれを救済する責任を負っている。 
 
 戦死傷者、抑留者、戦災者の霊は、遺族の申し出があらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地にある戦死者の墓には、保護を与えられたし。遺族の申し出あらば、これを内地に返還せられたし。 
 
 
 
 我ゆくも またこの土に 帰りこん 国に報ゆる事の足らねば 
 
 
 
 – 東条英機大将 遺言(部分)昭和23年12月22日夜 東京巣鴨(23日零時刑執行) 
 
 
 
 
《英米諸国人に告げる》 
 
 今や諸君は勝者である。我が邦は敗者である。この深刻な事実は私も固より、これを認めるにやぶさかではない。
 
 しかし、諸君の勝利は力による勝利であって、正理公道による勝利ではない。私は今ここに、諸君に向かって事実を列挙していく時間はない。
 
 しかし諸君がもし、虚心坦懐で公平な眼差しをもって最近の歴史的推移を観察するなら、その思い半ばに過ぎるものがあるのではないだろうか。
 
 我れ等はただ微力であったために正理公道を蹂躙されたのであると痛嘆するだけである。
 
 いかに戦争は手段を選ばないものであるといっても、原子爆弾を使用して無辜の老若男女数万人もしくは数十万人を一挙に殺戮するようなことを敢えて行ったことに対して、あまりにも暴虐非道であると言わなければならない。 
 
 もし諸般の行いを最後に終えることがなければ、世界はさらに第三第四第五といった世界戦争を引き起こし、人類を絶滅に至らしめることなければ止むことがなくなるであろう。 
 
 諸君はすべからく一大猛省し、自らを顧みて天地の大道に恥じることないよう努めよ。 
 
 
《日本同胞国民諸君》 
 
 今はただ、承詔必謹する〔伴注:終戦の詔を何があっても大切に受け止める〕だけである。私も何も言う言葉がない。 
 
 ただ、大東亜戦争は彼らが挑発したものであり、私は国家の生存と国民の自衛のため、止むを得ず受けてたっただけのことである。
 
 この経緯は昭和十六年十二月八日の宣戦の大詔に特筆大書されているとおりであり、太陽の輝きのように明白である。
 
 ゆえにもし、世界の世論が、戦争責任者を追及しようとするならば、その責任者は我が国にいるのではなく彼の国にいるということは、彼の国の人間の中にもそのように明言する者がいるとおりである。
 
 不幸にして我が国は力不足のために彼の国に敗けたけれども、正理公議は厳として我が国にあるということは動かすことのできないことである。 
 
 力の強弱を、正邪善悪の基準にしては絶対にいけない。人が多ければ天に勝ち、天が定まれば人を破るということは、天道の法則である。
 
 諸君にあっては、大国民であるという誇りを持ち、天が定まる日を待ちつづけていただきたい。
 
 日本は神国である。永久不滅の国家である。皇祖皇宗の神霊は畏れ多くも我々を照らし出して見ておられるのである。 
 
 諸君、願わくば、自暴自棄となることなく、喪神落胆することなく、皇国の命運を確信し、精進努力することによってこの一大困難を克服し、もって天日復明の時が来ることを待たれんことを。 
 
 
 
《日本青年諸君に告げる。》 
《日本青年諸君各位》 
 
 我が日本は神国である。この国の最後の望みはただ諸君一人一人の頭上にある。
 
 私は諸君が隠忍自重し、どのような努力をも怠らずに気を養い、胆を練り、現在の状況に対処することを祈ってやまない。 
 
 現在、皇国は不幸にして悲嘆の底に陥っている。しかしこれは力の多少や強弱の問題であって、正義公道は始終一貫して我が国にあるということは少しも疑いを入れない。 
 
 また、幾百万の同胞がこの戦争のために国家に殉じたが、彼らの英魂毅魄〔伴注:美しく強い魂魄〕は、必ず永遠にこの国家の鎮護となることであろう。
 
 殉国の烈士は、決して犬死したものではない。
 
 諸君、ねがわくば大和民族たる自信と誇りをしっかり持ち、日本三千年来の国史の導きに従い、また忠勇義烈なる先輩の遺旨を追い、もって皇運をいつまでも扶翼せんことを。
 
 これこそがまことに私の最後の願いである。
 
 思うに、今後は、強者に拝跪し、世間におもねり、おかしな理屈や邪説におもねり、雷同する者どもが少なからず発生するであろう。
 
 しかし諸君にあっては日本男児の真骨頂を堅持していただきたい。 
 
 真骨頂とは何か。忠君愛国の日本精神。これだけである。
 
 
 

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同じ党なんだから、なんとかして欲しいんだけどなぁ。

2011/07/13 20:12

 

  国難に直面して、いま、民主党議員は何をなすべきか

 
 参議院議長 西岡武夫
 
 はじめに
 
 ◆「イタリア」の脱原発の中身と日本の現実
 
 イタリアの野党民主党トップのベルサニ書記長は、先の原発、水道事業の民営化等についての国民投票の結果を受けて、「イタリア国民とベルルスコーニ政府との離婚は確定した」と述べました。
 しかし、イタリアは、自国内の完全な脱原発を決めたものの、国内電力の20%をフランスの原発から輸入しているのが実態です。さらに、石油は中東から、天然ガスはアフリカに依存しています。それらが、電力料金を高騰させ、イタリアの国民、企業を直撃しています。これが、イタリアの急速な脱原発政策の実態です。
 
 同じく脱原発を公式に決定したドイツの場合は、優れた科学技術によって自然エネルギーの活用を今後の基本としつつも、現時点での風力発電量は2%です。
 一方、環境問題をさておけば、国内に石炭の埋蔵量(採掘可能な400億トン)を有し、石炭火力による発電が全電力の44%を占めていることを忘れてはいけません。
 
 さらに、イタリアと同様にフランスの原発の送電網との直結が有ります。
 これらの実態と比較して、日本の置かれている厳しい現実を考えれば、現時点で、「脱原発」という単純なものの言い方を内閣総理大臣が軽々しく口にすべきではないはずです。
 
 ◆エネルギー政策の基本と今後の政策
 
 国政における政策の基本は、第一に、「国民の生命」と生活を護り、その財産と領土を守るということです。
 当然、原子力エネルギー政策も、福島原発事故後、根本から再検討すべきです。なかでも、3月11以降、これからのエネルギーの大(たい)宗(そう)が自然エネルギーに移ったことは事実です。
 
 問題は、その転換の進め方なのです。
 原子爆弾投下の瞬間を自分の目で見た私にとって、「放射能」という三文字には、特別の響きがあります。
 
 私は、原爆投下による爆風と放射能・放射線が一瞬にして7万余(その中に私の親戚も)の命を奪った郷土長崎の惨状を見、その後、与党の被爆者対策の責任者として取り組んできた唯一人の現職の国会議員です。
 その私が、原発事故以来、4カ月余の菅首相の姿勢と言動に、強い憤りを覚えています。
 
 日本の原発は、もともと世界最高の技術で造られ、最高の運転と保安技術に支えられていたはずです。
 ここで、一つ忘れはいけないことは、今回の原発事故に対する菅首相と東電の初期対応に大きな誤りがあったことが、未(いま)だに厳しく検証されていないことです。
 
 この検証が、速やかに正確詳細になされることから、日本の新しいエネルギー政策が出発するのです。
 この検証がなされないまま、万一、菅首相の「脱原発」のスローガンに基づく菅首相の[現時点の考え]によって、エネルギー政策が進めばどうなるでしょう。確実に、来年の春には、日本に原子力エネルギーは、存在しなくなります。 
 
 その時点で、日本は、総電力の3分の1から少なくとも4分の1を失います。日本には、イタリアドイツのように、替わりの電力を得る手段はありません。
 
 ◆原発事故対応の失敗と、誤魔化し
 
 東京電力福島第1原発の事故に当たっての初動に、首相として、判断と対応に失敗した菅首相は、年頭に「原発の輸出を声高らかに掲げた政策」から、一転して、何の準備もせず「脱原発」を唱え出しました。
 
 まさに、疑似市民運動の野望家らしい菅首相の振る舞いです。
 
 ここで、さらに、重ねて、「場当たり政治家」らしい失敗を、菅首相はしました。「浜岡原発停止の要請」です。
 この場合、「要請」であって、「命じて」はいません。これは、法律に準拠するとか、しないとかの問題より、優れて「首相の発する言葉と政治的重さと責任」の問題です。
 
 今回の問題点は、その言葉に、政治が最終責任を取らない、菅政治の本質が見える、ということなのです。
 菅首相の発想が場当たりであることは、ここでも、証明されています。
 
 なんの準備もない、突然の「浜岡原発停止」は、現在、定期点検で停止中の原発再開を、当然、困難に陥れました。
 
 「脱原発」は、福島第1原発事故後、国民に受け入れ易(やす)いスローガンです。
 菅首相の言う、「太陽光エネルギー」も「風力」も「バイオ」も「地熱」も、10年単位で、実現していく、また実現させなければならないエネルギー政策です。
 
 ◆脱原発は国政選挙の争点になり得ない
 
 菅首相は、6月28日の民主党両院議員総会において、真顔で、次の衆議院総選挙の争点は、脱原発についてのエネルギー問題だ、と述べています。
 
 菅首相が、いま、総選挙とその課題を述べること自体、噴飯ものですが、現時点で、各政党とも、今後の日本のエネルギー政策は、原発から自然エネルギーに転換する、という方向性では、大きな対立はない、と思います。問題は、それを推進して、どれだけの期間で、どれだけの電力を確保できるのか、という肝心のことが、菅首相によって示されていないことです。
 
 さらに、自然エネルギー活用の拡大と効率化によって、需給をバランスさせる地産地消型と、大規模発電が必要な基幹エネルギーとの組み合わせをどうするか、を環境問題との関係で、どう考えるかなのです。これは、選挙というより、国会の場で論議されるエネルギー政策の具体的内容の問題です。
 
 今後、10年単位のかなりの期間、日本は、より強い安全管理の下で、原子力発電を必要とします。
 エネルギー政策については、国会論争において激しい対立があるとすれば、原発の電力事業主体をどう考えるか、という論点と、発電と送電の分離問題だろう、と思われます。
 
 菅首相が夢想し、猿真似(さるまね)を考えているかもしれない、小泉純一郎首相の「郵政解散」のごとき明快な対立軸など、もともと軸のない菅首相の下では存在しないのです。
 
 ◆支離滅裂な菅首相の原発政策
 
 日本では、現在ある「54基」の原子力発電の内、平成23年6月末時点で、「17基」しか稼働していません。定期点検中の原発は、再開困難であり、いま稼働している「17基」が、定期点検に入ったら、前記のように、日本は、全電力の約26%の電力を一気に失うことになります。
 
 この一文を書き始めた6月30日、定期点検を終了した九州電力の玄海原発の再開について、佐賀県知事と地元の町長が承認した、とのニュースに接しました。
 九州電力の電力需給逼迫(ひっぱく)は、浜岡原発からの60万KW(毎時)を失って以来、厳しいものがありました。
 
 ところが、原発再開という難題を海江田経済産業大臣が、地元の説得に成功したかに見えたその時、菅首相は、またもや、突然、「ストレステスト」の必要性を言い出し、海江田大臣の努力は水泡に帰しました。
 なぜ、菅首相は、海江田大臣が玄海原発の地元に説得に行く前に、その方針を出さなかったのか、理解不可能です。
 
 このように、自然エネルギー推進の道筋と段取りを説明せず、菅首相は、「脱原発」という単純な問題提起で、誤魔化(ごまか)そうとしても、全くの「まやかし」であることは、すぐに証明されることになりました。
 菅首相は、「ストレステスト」を言い出したタイミングの悪さに批判が集中するや、なんと、7月8日には、定期点検後の原発再稼働時の場合は、「簡易テスト」という方針を打ち出したのです。
 
 この方針の中身には、新規に建設した原発、事故を起こした原発の再稼働時、建設後長期になる原発については、本格的な「ストレステスト」を行うことが書かれています。
 「本格的なストレステスト」の内容とはなにか、「簡易テスト」とはなんなのか、菅首相がお分かりのはずですから、自ら、国民の皆さんに、ご説明になる責任があります。
 
 6月29日、東京電力の供給量約4900KW(毎時)の93%まで、電力消費量が上昇しました。現時点で、東京電力の最高供給電力量は、約5500KW(毎時)前後と思われます。
 
 日本列島は、6月末から、既に、猛暑、酷暑に襲われています。
 
 この夏のみならず、日本全国の一年を通じた電力需給を、菅首相はどう考えておられるのか、これも、国民の皆さんに説明される責任があります。
 ところが、菅首相は、脱原発を金科玉条の如くスローガンにして、一方で、定期点検が終了した佐賀県玄海原発の再稼働について、県と地元の自治体を説得に行ったのは、海江田経済産業大臣でした。原発エネルギーについて責任を持つ海江田大臣に、十分な相談もなく、停止させた後の対策と他の原発への対応も全くしないで、菅首相が、浜岡電発の停止要請をしたことは、周知の通りです。
 
 菅首相が「脱原発」担当で、海江田経済産業大臣が、至難な「休止中の原発の再稼働要請」担当とは、一体如何(いか)なる政府か、と思わない国民はおられないでしょう。
 
 ◆電力使用制限令の発動
 
 7月1日から、菅内閣は、東京電力と東北電力管内に、電気事業法に基づく電力使用制限令を発動しました。 
 私は、ここに至るまで、この事態を招いた菅首相がどれだけ制限令回避の努力をされたのか疑問に思っています。
 
 3月の下旬頃から、私は、天然ガスを燃料とする小型のガスタービン発電機などを数多く設置することや、水力発電に余裕はないのか、などを記者会見を通じて公に提案してきました。
 
 菅首相は、ご自分の場当たりな浜岡原発停止要請が、今回の制限令に直結していることを自覚されているのだろうか、と私は思います。
 そのことが、大口需要企業を苦しめ、日本経済回復の勢いを削(そ)ぐ事態になっているのです。
 こうした中で、企業などの自家発電機の燃料について、当分の間、課税しないなどきめ細かい施策が必要だと考えます。
 
 とくに、今回の電力使用制限令を、東日本の被災地において、ようやく立ち上がろうとしている町工場にまで適用するというのは、政治ではありません。電力使用量にかかわらず、直ちに適用除外すべきです。
 一方、今後の電力料金値上げは必至で、全産業と国民生活をも直撃します。
 
 菅首相は、現時点で、電力の供給力について一体どのように考え、具体的な対策を持っておられるのか示す責任があります。 
 今回の電力使用制限令発動は、37年前の第1次オイルショックの時、全国の電力会社管内を対象に発令して以来のことです。
 
 この罰金が科される強制措置は37年前の場合、第4次中東戦争勃発後、石油の供給が逼迫(ひっぱく)し、石油価格が高騰した結果、不可避の措置でした。
 当時、田中角栄首相が、電源三法の制定を始め石油備蓄の計画から、トイレットペーパーに殺到した人々への対応に至るまで、獅子奮迅の努力を先頭に立ってされたことを、私は、自分の目で見ています。
 
 その時、昭和生まれの自民党若手議員で組織した「昭和会」が、石油危機に対する提言をまとめた文書を、田中首相に手渡したことも記憶新たなものがあります。
 
 一方、今回のエネルギー危機は、明らかに菅首相が福島第1原発事故直後に初動ミスを冒(おか)したことが発端となりました。
 その上、前記のように、菅首相は、30年以内にマグニチュード8以上の地震が起こる確率が「87%」とした政府の地震研究機関の予知を根拠に、不用意な浜岡原発に対する運転停止要請を行ったことが、エネルギー危機を決定的にしたのです。菅首相が、「全原発の廃炉、脱原発の運動」を鼓舞したのです。
 
 原発の定期点検を終了しても再稼働を延期している原発が7基、今後数カ月で定期点検に入る原発は6基という実態を、菅首相が知らない、とは信じ難いのです。
 
 こうして、菅首相は、日本全国の電力供給を重大な危機に陥れているのです。
 
 ちなみに、福島原発の立地地域について前記の地震研究機関は、「大地震の確率」を「ゼロ%」と、予知していました。
 菅首相が、後一年も経ないで訪れる重大な電力危機を放置し、有効な対案を出さず、手をこまねいているのなら、全ての国民の皆さんの前で、テレビで呼びかけてください。
 
 「皆さんの生活は、今後長期にわたり昭和45年代 (1960年)の水準に戻ります」。「その生活は、電 気冷蔵庫も空調機器も電気洗濯機も浴室の給湯器も電子レンジもなく、暖房は火鉢と石油ストーブと湯たんぽです」。「いつになるか不明ですが、自然エネルギー によって全ての国民生活が現時点に戻るまで我慢してください」。と。 しかし、それだけでは済まないのです。
 
 日本経済は、菅首相の対案なき「脱原発」の掛け声によって、国民生活とともに、大打撃を受けます。
 このことは、東日本大震災の復興、新たな建設にも大きな打撃を与えます。
 
 根本の原因は、国内の電力不足ですが、輸入エネルギーの価格高騰によって、日本の国際競争力は極端に低下します。有力生産拠点の外国転出によって、日本の産業空洞化が一層急激に進みます。当然、失業者は、さらに増大し、消費は落ち込み、年金、医療、介護などの日本の社会基盤は崩れ「日本経済沈没」の危機は現実のものとなります。
 
 ◆菅首相の責任回避の政治手法
 
 福島第1原発事故以来、菅政権は、一貫して「要請」の二文字を繰り返しました。これは、一見穏便に聞こえますが、実は、首相が要請することは、地方自治体にとっては、事実上「やるべし」と言われたことになります。そうして、「要請」という用語は、その結果について首相は責任を取らない、という意思表示でもあります。
 
 特に、原発から20キロから30キロの住民に対する菅首相の姿勢は、「福島県民の命の安全をも自分で決めろ!」という「鬼の政治」に終始したのです。
 その上、菅首相は、避難指示の誤りによって、乳幼児、児童生徒を始め県民の多くを、避けることのできた放射線量の下にさらす曝す結果を招きました。
 
 この非情な政治は、福島第1原発から遠く離れた地域の農作物や畜産、魚類にまでおよび、「安全だけれど念のため」というただし書き付きで、政治責任を巧妙に逃れる、という言語道断な指示、要請を繰り返してきたのです。この政府の姿勢が、「風評被害」という関係者にとっては、持って行き所のない状況をも助長したことは否めません。
 
 これこそ、私が、参議院議長という職を賭す覚悟で、菅首相を厳しく糾弾している大きな理由の一つです。
 
 
 ◆議院内閣制の危機
 
 東日本大震災対応の遅れと、福島第1原発事故に対する初動の失敗と、目に余る情報隠しをめぐって、世論の多くも、政権与党幹部も、早期退陣を菅首相に求める、という異常事態を惹起(じゃっき)しています。
 
 一方、民主党内の動きを横目に、菅首相は、自分の使命だ、などと頓珍漢な言を弄して首相の座にとどまり続けているのです。
 延長した今国会の会期末は、8月31日ですが、このままでは、そこも菅首相が辞職することはないでしょう。
 
 この事態を、このまま放置すれば、政治体制に対する国民の不信は高まり、議会制民主主義と議院内閣制そのものの制度としての欠陥が指摘され、政治が機能不全に成りかねないのです。
 菅首相は、いま、あたかも独裁者の如く立ち回っています。
 
 私には、民主党という政権与党は、菅内閣では不要な存在の如く野党には映っているように思えます。
 自民党の長期政権下において、歴代の幹事長、総務会長政調会長、参議院議員会長、国会対策委員長「5役」の意見、中でも幹事長との意見が一致しない内閣は、一部の例外を除けば、立ち行かなくなっていました。
 
 菅首相にとって、いまや、与党は、例え騙(だま)してでも、議員の数さえそろえば、それで十分だ、という位にしか考えていないのでは、と思えるのです。
 菅首相は、自分が任命した大臣の存在も無視し、与党の考えも軽視し、政党政治など頭にない、という風情です。
 
 議院内閣制の危機と思うゆえん所以(ゆえん)です。
 
 ◆菅首相を確実に辞任させる最後の手段
 
 では、どうすべきか。
 政治判断が狂気と思われかねない「首相」を誕生させてしまった、政党政治の現時点に於(お)ける民主党の責任の取り方は、どうあるべきだろうかを考えてみました。
 
 敗戦後に起こった最大の国難に直面して、政治の信頼失墜と無責任、無力ぶりを前に、政党の浮沈など自業自得で些細(ささい)な事柄です。
 民主党議員は、東日本の被災者、未(いま)だ避難生活を強いられておられる皆さん、被災された中小零細企業の皆さんと、改めて心を一つにしましょう。そうして、日本の将来と、今に生きる国民のため、特に子どもたちのため、たとえ党が壊れてもなすべきことがあることに心眼を開いてください。
 
 日本の国難にあたって、民主党の国会議員が、唯々、延命に汲々とする菅首相を辞任させることこそ、国民に対する責任です。
 そのための手段はあるのです。
 
 私は、今日まで、民主党の党籍を持ってはいるものの、院内の会派から離脱している参議院議長として、日本の現在と明日のためと信じ、発言し、動き、書いてもきました。
 しかし、私の不徳の故か、参議院議長としては異例な言動ということもあり、なかなかその真意を理解していただけない空気もあります。けれども、日本の現状には、悠長な時間はありません。
 
 私は、これまで、民主党内のことについて言及することは控えてきました。
 しかし、ここで、民主党代表である菅直人氏が首相であることが、国の行政を混乱させ停滞させ、日本を危機に陥れている、という認識を民主党国会議員がお持ちなら、敢(あ)えて提案させていただきます。日本のために。
 
 民主党の国会議員の皆さんに2つの提案があります。
 
 まず、第1に、民主党両院議員総会を開催すべきです。
 民主党規約には、代表を解任する規定はありません。それを前提に「菅民主党代表」の解任の段取りを進めてください。
 もし、それが実現しなければ、国会に舞台を移すしかありません。
 
 これが、第二の提案です。
 それは、今国会に、即刻、民主党から、衆議院で、「菅内閣不信任決議案」を、参議院で、「菅内閣総理大臣問責決議案」を同日に提出することです。
 同じ会期の国会で、不信任決議案は、1度しか提出できない、というのは、俗論です。
 不信任の理由と不信任決議案の提出者が、異なれば、今国会にもう一度、菅内閣不信任決議案は提出できます。
 
 民主党国会議員の皆さん、野党各党の皆さん、この手段以外に、この日本の国難を克服し、明日の日本を建設する道はないのです。
 
 東日本大震災後の現状、福島第1原発事故の恐るべき実態、そうして、日本の経済社会の現在と明日を考えれば、一刻の猶予もありません。
 このままでは、私たちは、被災地の皆さん、避難所生活で健康を損なわれた年輩(ねんぱい)の皆さんに申し訳ない気持ちで一杯です。特に、乳幼児や学童、青少年の現在と未来に、顔向けができないのです。
 
 国会議員、特に民主党所属の議員各位の、決断を強く望みます。
 衆参国会議員の皆様には、昨年来、なぜ、これほどまでに、私が一貫して菅首相の退陣を求めたのか、どうかご理解ください。
 
 ◆全国民の皆様に、私の考えをご理解頂きたいのです
 
 ここで、特に東日本で震災と原発被害に苦しんでおられる皆さんと、全ての国民の皆さんに申し上げます。
 私の今日までの発言も、この一文も、決して政局ではないのです。
 これまで、なぜ、西岡は、菅首相批判ばかりして、この国難に当たって、なぜ協力しないのだ!とのお叱りもいただきました。
 
 信じられないことですが、菅首相は、官邸以外から協力しようにもできない自分だけの世界を作り上げています。
 私は、参議院の運営で、菅首相に協力しなかったことは一度もありません。
 
 菅首相を戴(いただ)いた国会運営は、衆議院の執行部の苦しみとともに、与野党逆転下における参議院において、輿石参議院議員会長、平田幹事長、羽田雄一郎国会対策委員長のご苦労は計りしれません。
 一例を挙げます。大震災後に取り組む第一歩の「破損物の処理と分類」は、自治体によって大きく差があり、政府がその実態を正確に把握し対応すべき事柄なのです。
 
 原発事故の初動の失敗も、被災者に対するきめ細かな対策の遅れも、今後の東日本の復興と新たな建設の方向と手段も、全て、「内閣総理大臣」次第なのです。首相の力は、現在の粘り腰でおわかりのように極めて強力です。
 
 首相が決断せず、首相が自分が任命しで、任せないことが、政策の執行の遅れの最大の原因になっているのです。
 その実態は、所管大臣も与党幹部も議員も、何も知らされず、菅首相と一部の官邸メンバーだけで、何でも決めている体制なのです。これでは、野党各党が協力を求められても戸惑うばかりでしょう。
 
 私の見るところ、菅首相は、自分から首相の座を降りることなど全く思っておられないのです。民主党の執行部の皆さんは、ある意味で、お人が良すぎるのです。従って、私は、首相交代に必要な時間は、菅首相が居座ることによる壮大な時間の浪費に比べれば微々たるもの、と考えているのです。
 
 ぜひ、ご理解頂きたいのです。(了)
 
---------------
 
(産経新聞 7月12日(火)18時29分配信)
 
『たむたむの 自民党vs民主党』より頂きました。

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 民主党政権

りっくんランドへ行ってきました♪

2011/07/09 22:31

 

 

今日は陸上自衛隊広報センター・りっくんランドへ行ってきました。 

横浜から東武東上線の和光市駅までー? 遠い~~!! 

・・・なーんて思ってたんだけど、湘南新宿ライナーに乗ったら、 

思ったほど時間もかからずに到着しました。


こんな戦車とか

 

 

巨大なヘリとか

 

 

イラク・サマーワで活躍してた装甲車(だよね?)とか

 

 

写真は撮らなかったけど、他にも展示品がたくさんあるし、 

シュミレーターや、陸上自衛隊の日々の訓練の3Dビデオ、 

実際に着用できるヘルメットや制服、防弾チョッキなんかもあって、 

なかなか楽しかったですよ。 

子供たちは、自衛隊のお兄ちゃんに軽々と肩車や抱っこされて、 

とても楽しかったみたいで、『帰るよ~』と声を掛けたら、 

『いやだぁ~~~!!』って大ブーイングでした。 


それはそーと、りっくんランドには、 

知る人ぞ知るお土産屋さんがあると聞いていたので、 

ワクワクしながらお買い物してきました。 


うちの息子が選んだのはこれ。 

 

 

娘たちが選んだのは、陸自の戦車や航空機の金太郎飴。 
よく見ると、ちゃんと日の丸入り!

 

 

噂に聞いてた、自衛隊カップラーメン。
ふと見たら、焼きそばまであったので、うっかりGET w 

 

 

 

ネーミングセンスに脱帽し、買わずにはいられなかったお菓子。

 

 

シンジローが自衛隊の皆さんにメッセージを送っていたので、 
写真を撮ってきました。イケメンだぜ!

 

 

皆さんも機会があったらぜひ足を運んでみてくださいね。

 

 

 

 

 

カテゴリ: 話題!  > 教育    フォルダ: がんばろう日本!

神奈川県の幻の護国神社

2011/07/06 21:57

 

全国の各都道府県に護国神社があると思っていましたが、 

実は神奈川県にはないということをご存知でしたか? 


詳しくはこちらから↓ 

【幻の神奈川県護国神社を尋ねる】http://weekly-win.jugem.jp/?eid=46 


今日、お参りに行ってきました。 

 

 

 

 

記事にもあるように、おそらく荒れ放題なんだろうな…と想像してはいたけれど、 

雑草は生え放題、くもの巣もいたるところにある上に、 

ホームレスが安置堂のところで寝ている始末・・・。 

安置堂の前にお花とお茶、それからカップ酒をお供えして去ろうとしたら、 

そのホームレスが早速取ろうとしてたので、 

注意をして、不本意ながら他の場所にお供えして来ました・・・はぅ。 


神奈川県護国神社をなんとか建立できればいいのだけれど、 

それが難しいのであれば、せめてきちんと整備や清掃をして欲しいなと思います。 

横浜市の、先の戦争に対するスタンスが問われるところですね。 


あぁ・・・それにしてもショックだったなぁ。 

 

 

 

カテゴリ: その他  > 日記    フォルダ: 日本の正しい歴史を知ろう

被災地の赤ちゃんへ調乳せずにすぐ飲めるミルクを送ろう! 署名へのご協力のお願い

2011/03/30 03:52

 

 

私の子どもたちが通う日本語学校から、

 

『被災地の赤ちゃんへミルクを送ろう!』

 

というメールが届きました。

 

賛同される方がいらっしゃいましたら、ぜひご署名お願いいたします。

 

以下、メールの転載です(署名サイトは英語です)。

 

 

---------

 

震災以来、アメリカでも様々な支援運動、募金活動が起きています。

今、私が起こしている運動は、日本の赤ちゃんに液体ミルクを送ることです。被

災地の多くのママ達がショックなどで母乳が止まったり、 水の問題で粉ミルク

を作りにくいと聞いています。また、粉ミルクを作っても哺乳瓶を洗ったりする

のが難しく、衛生面も厳しいとのこと です。

 

今、きっと被災地でも赤ちゃんが生まれているのだと思います。こんな困難な状

況で母乳が出ないことなんてざらだと思います。母乳が出 なくて泣く思いをし

た私はその苦労が手に取るようにわかるのです。おっぱいって、出ないと思って

落ち込むと余計に出なくなるものなの です。ママ達の体は本当に彼女達の精神

状態、ホルモンが密につながっているのです。

 

日本では法律で禁止されていますが、アメリカでは、既に出来上がったミルクが

一回のミルクの量でボトルになった液体ミルクと言って、 これに飲み口をつけ

るだけで簡単に赤ちゃんにあげられるとても便利なものがあります。フィンラン

ドの日本人のお母さんがツィッターで これを日本に送れないものだろうかとつ

ぶやいたところ、なんとフィンランドのミルク会社とフィンランド航空の協賛と

小池百合子議員の 協力を得て、2000個のミルクが日本に届けられたのです。ア

メリカにはとっても大きな二つの会社がこの液体ミルクを作っているのに もか

かわらず、とある日本人ママがメールをしてみたところ、義援金を贈ることで支

援するからとやんわり断られてしまったそうです。で も、あきらめたくないです!

 

Facebookを通じて、ネットから請願書を送るサイトを見つけました。

今5000人のサインが必要となっています!ぜひ日本の皆さんにも協力してほしい

頂きたいのです。

 

ネットからのサインアップは、たったの2分で終わります。

 

もしご賛同いただけるのであれば、ご協力をお願いします。

そして、ご家族、お友達にも広めてください!

 

どうぞよろしくお願いします。

 

そして、どうもありがとう。一緒に日本のために頑張りましょう!

 

リンク先

http://www.thepetitionsite.com/2/Feed-hungry-Japanese-Babies/

 
---------
 
どちらにお住まいの方でも大丈夫です。
 
ご協力をお願いいたします。

 

カテゴリ: 世界から  > 南北アメリカ    フォルダ: がんばろう日本!

がんばろう日本!

2011/03/13 23:35

 

 

未曾有の大災害となりました、東北関東大震災で被災された方々に、

 

お見舞い申し上げます。

 

また、亡くなられた方々のご冥福を祈ります。

 

 

自衛隊、警察、被災地の地方自治体の皆さん、

 

節電など、いろいろな形で協力されている日本の皆さん、

 

そして海外からの支援や応援に感謝します。

 

ありがとうございます。

 

 

こちらでも、地震発生からこれまで、

 

アメリカをはじめ、フランスイギリスアイルランド、カナダ、

 

ブラジル、ベネズエラ、ベナンなど、多くの方々から、

 

日本へのご心配や応援のメッセージを頂きました。

 

こちらからでも可能な支援の準備を始めていく予定です。

 

 

がんばろう、日本!

 

 

 

 

 

カテゴリ: 世界から  > 南北アメリカ    フォルダ: がんばろう日本!

原爆の恐ろしさを伝え続けた、米国人元従軍カメラマン

2011/02/20 16:42

 

 

 先日ご紹介した日記を書かれたマイミクさんが、またとてもいい日記を書かれました。転載許可をいただきましたので、皆さんにご紹介します。

 

 

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(引用ここから)

 

 上の子が最近、小学校の社会科教師から「日本に原爆が落とされ、今でもその後遺症に苦しむ人達がいますが、核兵器の発明はすばらしく、アメリカ人として誇りに思います。」と授業でならったと教えてくれました。上の子はクラスでただ一人、涙をこらえるのに必死だったそうです。クラスには他にも日系のこどもたちもいるのに、彼らは平然とした表情でこのことについて聞き流していたそうです。 

私の夫も、こどもの頃から「日本に原爆が落ちたおかげで、その後に失われたかもしれない多くの命が助かった(戦争がそれ以上長引かずにすんだ)」という教育を受けてきました。なので、日本にいた頃、TVで終戦特集が組まれる時期になるとよく二人で激論を交わしたものです。結局お互いにわかり合えぬまま、いつの間にかこの話題は我が家ではタブーとなってしまいました。 

それが2008年。 あ の NHKである番組が放送され、無理やり夫と一緒に見てからというもの、彼の中で何かが変わったようです。番組を見終わった後、かなりふさぎこんだ様子でした。そのときの番組の様子を伝えているブログがこれ。 

http://eagleai.exblog.jp/8807884/ 


以下がその抜粋。 


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この写真の青年が、ジョー・オダネル(Joe O'Donnell)。 
NHKの番組案内には、次のように記されている。 

去年8月9日、亡くなった。占領軍として原爆投下後の長崎に入り、その破壊力を 
記録するため写真を撮影する一方で、軍に隠れ内密に自分のカメラでおよそ30 枚の 
写真を記録した。帰国後、被爆者の記憶に悩まされ、悲劇を忘れ去ろうと全てのネガを 
自宅屋根裏部屋のトランクの中に閉じこめ、43年間封印してしまう。しかし晩年になって 
原爆の悲劇を訴え母国アメリカの告発に踏み切っていく。原爆投下を信じる周囲から 
非難の声を浴びながら、85歳の生涯を閉じた。 

なぜオダネルは、軍の規則に違反して写真を撮影したのか。 
なぜその写真を長年隠し、晩年になってトランクを開け母国を告発したのか。 

その足跡を追う息子が、遺品の中に残された録音テープを発見した。そこには写真に秘められた過去と、真実を伝えざるを得なかったオダネルの思いが告白されていた。 



彼の撮った写真の中で、注目されている一枚がある。 




「焼き場に立つ少年」 1945年 長崎 撮影 ジョー・オダネル 


この写真へのインタビューで、朝日新聞の記者に次のように話しています。 


佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。 

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。 
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。 

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。 白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。 

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。

 

(インタビュー・上田勢子) 


他にも写真があります。http://www.flickr.com/photos/thephoenixventure/ 

ジョー・オダネルは任務を終えて帰国後、写真をトランクに入れて封印します。 
幸せな家庭を持ちました。 
そして、忘れることにつとめました。 


しかし、ある教会のキリスト像を見て、目覚めます。 
打ちひしがれた姿を表したキリスト像の体中に、被爆者の写真が貼り付けられていたのです。 
ジョー・オダネルは、それを見てショックを受けます。 
その時からトランクを開けて、行動が始まったのです。 
講演会を開いたり、本の出版も試みたりします。 

しかし、彼の活動に対して、アメリカ社会の視線は厳しかったのでした。 
たくさんの非難の投書があり、妻からも理解されず離婚され、孤立無援になります。 
そして、爆心地に行ったこともあって、体中にガンができます。 
それでも、めげずに活動されます。 



そんな中、ジョー・オダネルの娘が一通だけ味方してくれている投書があることを伝えます。 

「原爆が正しいと言っている人々は、 図書館で世界の歴史をもっと勉強してから意見を述べるべきだ。」  

と、書かれていました。 
それはなんと、当時23歳だった、ジョー・オダネルの息子タイグさんが書いたものだったのです。 


~(略)~ 


ジョー・オダネルは、去年(2007年)に亡くなりました。 
今、意志を引き継いで行動しているのは、息子のタイグさんです。 
テレビでは、長崎を訪れ、父の軌跡を追いかける場面もありました。 
ジョー・オダネルの反戦・反核の運動は、途切れることなく続いています。 

タイグさんのブログは、ココ! 
http://www.myspace.com/thephoenixventure 

 

(引用終わり)
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 私もこの番組で、初めてジョー・オドネル氏のことを知り、そしてこの長崎の少年の写真を見て、衝撃で言葉を失いました。

 

 広島・長崎の原爆は、戦後66年経った今もなお、被害に遭った方々を苦しめていますし、他にも数多くの日本の都市が空襲に遭い、多くの非戦闘員の、私たちのような普通の日本人が無残な死を遂げました。

 

 ホロコーストとどこが違うのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

カテゴリ: 政治も  > 外交    フォルダ: 戦争と平和

アメリカは本当に正義の国なのでしょうか

2011/02/18 14:07

 

 

 サイパンでの玉砕戦を戦い抜いた、大場栄大尉の物語、映画『太平洋の奇跡』が現在公開中ですね。私も海の向こうで『早く観たいなぁ』とDVD販売を心待ちにしています。

 

 私のマイミクさんが、サイパン戦・アメリカ軍についてとても素晴らしい日記を書かれました。

 転載の許可を頂いたので、皆さんにもご紹介します。

 

 

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(転載はじめ)

 

 

「米軍は虐待しません。命が大切です。早く出てきてください。」 

この言葉は、抵抗する日本軍に対して米軍が使った言葉として有名です。  
しかし、実際にこの言葉の後に米軍が行ったことは、とても「人道的」とは 
言えるものではありませんでした。以下にその詳細が書いてあります。 

マイミクさんの日記から転載です。 


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1675172711&owner_id=16182364 
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日本人なのに、日本人らしくないなと感じること 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1504347&media_id=116 

日本の歴史を知らない事でしょうか。 

先日から映画『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』を観る勇気が無いと日記に何度か書いてきました。 

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原作者の思いがねじ曲げられませんように。 
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1657209981&owner_id=16182364 

上記日記で書きましたが、ねじ曲げられていなかったら見に行こう。 

竹野内のファンなので、もしもねじ曲げられていたら、竹野内のせいじゃないのに、竹野内が嫌いになってしまいそうで…。だからどなたか、見てきてら教えてくれませんか? 

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マイミクさんも観てきて下さったようで色々な感想を頂きました。 

『宣伝は見てなかったのですが、「何かやたらに日本文化をきっちり理解している、教養あるアメリカ人が出てきて、その人のお陰で最後は日本人が玉砕という過ちに気づいて、僅かな人数でも助かる」、というストーリーでした。 

歴史を知らない私のような日本人は「天皇陛下万歳!とだけ信じて死んだバカな日本人を、教養ある、人道主義に溢れたアメリカ人が目覚めさせて、救った!」 という、アメリカ人は素晴らしい!ということになる内容です。』 

そして 

『やはり、なにも知らされていない、現代を謳歌している若い日本の人々に観て欲しい。 
たとえそれが真実ではない部分が多いにしろ、クエスチョンの部分はそれとして、現代を生きる若者に、ほんの少しでも、歴史の事実に興味を持ってもらいうきっかけとして、映画を観て貰いたいと。』 

と結ばれました。 

友達から電話を貰いました。 

「映画観てきましたよ!う~ん、歴史を知らない人が見たら勘違いするかな。でも竹野内は凄く良かったですよ。戦争映画に出ると二通りあって、真実の歴史をしっかり受け止めて日本をもう一度見直して誇りを持つ人と、歪曲された歴史映画通りの『日本は悪い国だった』と思いこむ人。竹野内さんはニュース ZEROでしっかりした事を言っていたから、前者だと思いますよ」 

マイミクさんのお友達が言ったという言葉。 

『一緒に見に行った子は 
「早く投降すればいいのに、なんでしないのかわからない。」 
って言ってました。』 

原作も読んでいないし映画もまだ観ていない状況ですが、このお友達の言葉が全てを物語っているのかなと。 

私が不安に感じていた事は、まさにそこのところで、捕虜として投降しなかった理由、そして「バンザイクリフ」が起こったのかの描き方でした。 

実態はどうだったのか、資料は数々あります。 

サイパン島での闘いで生き残こり大場大尉と共に戦後までゲリラとしてサイパンで戦い抜いた田中徳祐さんの著作です。帰国後、本書を執筆するも、GHQの検閲ですぐには出版出来なかった。雑誌「正論」などでも引用され、資料として貴重な本だが、現在、絶版になっており、再版が待たれています。 

以下 

我ら降伏せず―サイパン玉砕戦の狂気と真実  田中 徳祐著  立風書房 

昭和19年6月15日午前8時45分、チランカノアの海岸に、約三個師団と推測される敵兵が上陸してきた。そこからサイパン島の陸上戦が始まった。当時はサイパン島には砂糖工場があり日本人も居住していた、民間人がいたことでかなり悲惨な結果になってしまった。 

7月9日、このころには日本軍の組織的な抵抗は無くなり掃討戦の様相をあらわしてきた。敵は流ちょうな日本語でジャングル地帯に童謡を流し投降を促す放送を流し始めた。日本軍は組織的な抵抗は捨て、洞窟に、数人、あるいは数十人ぐらいが生き残り潜んでいた。 

米軍は日本人に対し、戦争が終わりサイパン島は米軍の手に落ちたこと、隠れている日本人に投降を勧めました。「投降すれば、立派な衣服や、美味しい食料も十分に与えます。もはや犬死にすることはない、今や死んでも花実は咲きません。みなさんの投降をまっています」 

その後に、兎追いしかの山、と続く童謡を流し始めました。これには潜んでいた日本軍も参ってしまつた、その後、桃太郎、天然の美、荒城の月などがながされたそうです。 
「米軍は虐待しません。命が大切です。早く出てきてください」 
投降を勧める放送は再三繰り返されたが日本軍は、その放送を頭から否定した。むしろ敵愾心がわいてきたそうです。 

フォト

 

フォト

 

フォト


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連合国軍の捕虜虐殺については有名なリンドバーグの日記にも書かれています。下記の「 」内の引用文はリンドバーグ日記よりの直接の引用では無く、私の手元にある「日本の反論」(米田健三著 並木書房 平成十六年刊)よりの引用ですので文章は米田氏が要約・抜粋したものです。 

これについて米田氏は第二次大戦に対してアメリカ参戦を反対していたリンドバークは昭和一九年になって南太平洋の戦場視察と慰問を許される。そこで、「アメリカ人が文明人であることを主張せねばならぬ理由がなくなる」ような、米軍兵士の日本兵捕虜に対する数々の蛮行を見聞することとなったと書かれています。 


「日本兵士殺害に関する将軍の話----実戦参加経験がないまま帰国する軍曹が、せめて一人だけでも日本兵を殺したいと不平を漏らした。 

偵察隊に捕らえられた一人の日本兵捕虜が軍曹の前に引き立てられた。軍曹は言った。 

『俺にはこいつを殺せないよ!やつは捕虜なんだ。無抵抗だ』 

『ちぇっ、戦争だぜ。野郎の殺し方を教えてやらあ』 

偵察隊の一人がそういうと、日本兵に煙草と火を与えた。煙草を吸い始めたとたんに、日本兵の頭部に腕が巻つき、喉元が一方の耳元から片方の耳元まで切り裂かれた。 

このやり方全体は、話をしてくれた将軍の全面的な是認を受けていた」 

リンドバーグ日記六月二一日) 


「小屋の壁のひとつに、絹地の日本の国旗が三枚かかげてあった。日本軍兵士の死体から取ったものだという。その一枚は記念品として一〇ポンド(三三ドル)の値打ちがあると、ある将校は説明した。日本軍将校の軍刀を所持する男は二五〇ポンドなら譲ってもよいといった」 

リンドバーグ日記六月二一日) 


「将校の話によれば、穴の中の遺体をブルドーザーにかける前に、何人かの海兵隊員が遺体の間に分け入り、ポケットを探ったり、金歯探しに棒で口をこじ開けたりした。金歯を仕舞い込む小袋を持っている海兵隊員さえいた。その将校はさらに、耳や鼻を切り落とされている日本兵の遺体を幾つも見たとも言った。『兵が耳や鼻を切り取るのは、面白半分に仲間に見せびらかすためか、乾燥させて帰還するときに持ち帰るためですよ。日本兵の首を持っている海兵隊員まで見つけましてね。頭蓋骨にこびりつく肉片を蟻に食わせようとしていたのですが、悪臭が強くなり過ぎたので、首を取りあげねばなりませんでした』。行く先々で聞かされる似たり寄ったりの話だ」 

(同九月九日) 


先日、下記のような記事がありました。 

硫黄島で51人の遺骨収集=政府チーム―旧日本兵、集団埋葬の可能性 

時事通信2010年10月22日(金)19時56分配信 

硫黄島で戦死した旧日本兵の遺骨収集を進める政府の特命チーム(リーダー・阿久津幸彦内閣府政務官)は22日、首相官邸で第3回会合を開き、51人分の遺骨を島内2カ所で発見したことを報告した。計2200人が集団で埋葬されている可能性があるという。 

同チームの調査団は7日から同島を訪れ、旧日本兵が集団で埋葬されているとみられる2カ所で遺骨の収集に当たった。> 


二千二百人が集団で埋葬とはどういうことか。 

これは、米軍が我が軍兵士の遺体をどのような扱いをしたかを考えれば、自ずと答えは導き出されます。 

リンドバーグは下記のように日記に残しています。 

「われわれがもし日本兵の歯をもぎとったり、ブルドーザーで遺体を穴の中に押しやり、さらった土をかぶせてやったりする代わりに、人間にふさわしい埋葬を営んでやることが出来るのであれば、私はわが国民性にもっと敬愛の心を抱けたに相違ない。ブルドーザーで片付けたあとは墓標も樹てずに、こう言うのである。『これが黄色い奴らを始末するたった一つの手さ』と」(七月二一日) 

「山道の片側にある爆弾でできた穴の縁を通り過ぎる。穴の中には五人か六人の日本兵の死体が横たわり、わが軍がその上から放り込んだトラック一台分の残飯や廃物で半ば埋もれていた。わが同胞が拷問によって敵を殺害し、敵の遺体を爆弾でできた穴に投げ込んだうえ、残飯や廃物を放り込むところまで堕落するとは実に胸糞が悪くなる」(七月二四日) 

 

 


ブルドーザーで遺体を片付け、その上に残飯、廃物を放り込む。 

そのような箇所が何カ所もあったのです。 

決して、整然並べ、遺体を処理したわけではない。 


そして、捕虜に関して下記のような記述もある。 


「ニューギニアの密林を越えて、ホーランディア飛行場周辺に日本空軍の残骸が散乱していた。着陸後、将校連と会議。談たまたま日本兵捕虜の数が少ないという点に及ぶ。 

『捕虜にしたければいくらでも捕虜にすることができる』 

と将校の一人が答えた。 

『ところがわが方の連中は捕虜をとりたがらないのだ』 

『(原文伏字)では二〇〇〇人ぐらい捕虜にした。しかし、本部に引き立てられたのはたった一〇〇人か二〇〇人だった。残りの連中にはちょっとした出来事があった。もし戦友が飛行場に連れて行かれ、機関銃の乱射を受けたと聞いたら、投降を奨励することにはならんだろう』 

『あるいは両手を挙げて出てきたのに撃ち殺されたのではね』 

と、別の将校が調子を合わせる」 

ホーランディア攻略戦で敗れて捕虜となった日本軍人の大多数は、機関銃の乱射で殺されたのである。 

「我が軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。われわれは文明のために戦っているのだと主張されている。ところが大平洋における戦争をこの目で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う」(七月一三日) 

「安全でかなり贅沢な将校クラブに座しながら、これらの日本軍を『黄色い奴ばら』と表現するアメリカ軍将校の言に耳を傾けねばならないのである。彼らの欲求は日本兵を無慈悲に、惨たらしく皆殺しにすることなのだ。オウィ島に来て以来、敵に対する畏敬の言葉も同情の言葉も聞いた覚えはまったく無い」(七月二一日) 

「私は突っ立ったまま、密林の焼け焦げた跡や、日本軍が身を隠している洞窟と思しき断崖の黒点を眺めやる。あの焼け爛れた地域の地表下に極限の苦悶隠されているのだ 
飢餓、絶望、そして死体や死に瀕した男たち。ただ祖国愛と信ずるもののために耐え、よしんば心底で望んだとしても敢えて投降しようとしない。なぜならば両手を挙げて洞窟から出ても、アメリカ兵が見つけ次第、射殺するであろうことは火を見るよりも明らかだから」(七月二一日) 

(以上は先に書きましたようにリンドバーグ日記よりの直接の引用では無く、「日本の反論」米田健三著 p百六十一~百六十五よりの引用) 

そして、米田氏はこうも書かれています。 

<第二次大戦におけるソ連軍の蛮行は周知の事実だが、米軍については極めて人道的であったがごときイメージが長い間流布されてきた。記録映画などに登場する日本占領前後の米軍将校のほとんどが、降伏した日本軍兵士や民間人に食糧を支給し、医療を施す善良な姿で映っている。だから、「鬼畜米英という教育はまちがいだった。玉砕は犬死にだった。文明国の軍隊はあんなにも寛大だったのだ」という論理がまかり通ってきた。しかし、前線の諸記録に垣間見られるのは、むしろ日本人が軍民を問わず玉砕を選ばざるをえなかった米軍の残虐さである>(同書p百六十一~百六十二) 


「敗北を抱きしめて」などの著書で有名なジョン・ダワーもその著書「容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別」(平凡社ライブラリー)に書いています。 

「大平洋地域担当の従軍記者エドガー・ジョーンズが、四六年の『アトランティック・マンスリー』誌に書いている『われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機関銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置物を作るとか、または他の骨でペーパーナイフを作るとかしてきたのだ』。ジョーンズはさらに、標的の日本兵がすぐに死ぬことがないように、火炎放射機の炎を調整するというような行為にまで言及している」 

「一九四二年の末に出版されベストセラーとなった『ガダルカナル日記』のなかで、ジャーナリストのリチャード・トレガスキスは、日本軍との戦いを前にして武勇自慢をし合う若い兵士たちの会話を挿入している。『ジャップは金歯をたくさん入れてるんだってな。それをいただいてネックレスでも作るかな』と一人がいう。『おれは奴らの耳を持って帰るよ』ともう一人が宣言する」 

リンドバーグがついに大平洋諸島を離れ、ハワイで税関検査を受けたときには、荷物に骨が入っているかどうか聞かれた。それは決まりきった質問だと言われたという」 

沖縄戦でも、南太平洋戦線と同様の米兵による悪行が繰り広げられた。アメリカの作家、ジョージ・ファイファーが、取材開始から出版まで八年の歳月を費やした労作、『天王山 沖縄戦と原子爆弾』(早川書房)で、「アメリカ軍の残虐行為」という項目を設けて明らかにしている。  

「野蛮な人間もいた。日本人の歯で作った腕輪は、彼らの歯を抜き取らなくては作れない」 

「ある機関銃分隊は急造の小さなパイプを持って歩き回っていたが、それは日本兵の死体の口に彼らの尿を流し込むのに使われた」 

以上 

「日本の反論」(米田健三著 並木書房 平成十六年刊)(p一六六~一六九) 

「特攻パイロットを探せ」平義克己著 扶桑社 平成一六年刊)p二百五十一~二百五十二  

以上 

http://www.tamanegiya.com/yuusyokujinnsyubetsi.html 
より抜粋引用(当時の写真の掲載もありますのでお読み下さい) 


もしも、今後この映画を観る機会があるならば 

「早く投降すればいいのに、なんでしないのかわからない。」 

これらの事実を頭の片隅に置いて観て下さい。 

この狂気の戦渦で日本軍と運命を共にした民間人の方々。 

1944年(昭和19年)3/12、B29長距離爆撃機の行動範囲にもとづいて、最良の日本本土空襲基地としてマリアナ諸島、特にサイパン攻略が実行されることになりました。 

ここが陥落してしまえば、愛する家族を守る事が出来ない。 
たとえ最後の1人になろうともと、戦われた先人。 

この映画の元となった「タッポーチョ」の原作者の思い。 

序文 
 
「本書を、自らの国のために全力を尽くし、報われることのなかった、現代の日本人の父親たちに、祖父たちに、伯父たちに捧げる。」 

あとがき 
 
私は今日の日本で、1945年(昭和20年)以降に生れた人たちの間では、日本にあった戦争についてあまりにも知られていないことが残念で、この本を書きました。 
 
これを書く前に、・・・調べてみました。・・・多くの人たちの間に、戦争のことを言うのに恥じる感覚があるということでした。そして、その恥の感覚は、事実に基づいたものではなく、知識の欠如に基づいたものでした。 
 
この人たちは、自分たちの父や祖父や叔父たちが、自分たちの国を守るために戦った精神について、何も知りませんでした。もっと驚いたことは、その人がしたことになんの尊敬の念も払っていないことです。 
 
私は、このことをとても残念に思います。日本の兵隊は、よく戦ったのです。彼らは、世界の戦士たちの中でも、最も優れた戦士たちでした。彼らは、自分たちの国のために生命を捨てることを恐れませんでした。私は、そのことを、こういう兵士たちと三年戦いましたから、よく知っています。 
 
しかしこの本は戦争の物語ではありません。日本とアメリカとの双方で、多くの人たちは自分が作ったわけでもない恐ろしい状況に、どのように反応したか、と言うことを書いた物語です。双方の人たちは、それぞれ信じていたことをしたのです。 
 
・・・事実(この本に記した真実を日本人が知れば)によって、現在の知識の真空状態は埋められることになるでしょう。また、先述の恥じる感覚は誇りに変わるでしょう。 
 
・・・そして、それらのページは、今日の若い日本の人たちにとってだけでなく、その人たちの子供や孫にとっても、誇りの源泉になるでしょう。それが、私がもっとも強く持っている願いです。 

1982年11月 ドン・ジョーンズ 記 


先人達の思いが酬われますように。 
そして、先人の上に立っているのが私達だという事に思いを馳せ、感謝するばかりです。 

沖縄の集団自決騒動で語られない真実 
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-date-20090615.html 

 

(転載終わり)

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 このような話は以前にも読んだり聞いたりしたことがありましたが、思い出すたびに怒りで心が震え、涙が出てきます。

 

 アブグレイブでの捕虜虐待などを見ても、アメリカはあの戦争当時と変わっていないのだと感じます。

 

 アメリカは戦後65年以上経った今でも、自分達の犯した事実を、自国の子供達への教育や、他国への圧力などで必死に隠そうとしています。

 彼らにとって、あの戦争はまだ終わっていません。これから先もずっと、自国の継続的な安定の為に『アメリカは正義、アメリカは人道的』と、世界を欺瞞し続けなければならないのです。

 

 一体彼らにとって、何の為の戦争だったのでしょうか。

 

 私たち日本人ができることは、このような文献などを、できるだけ多くの日本人に読んでいただき、そして日本を守るために犠牲を払ってくださった、私達の先人の名誉挽回の為にできることを小さなことでもしていくことだと思います。

 

 

 

 

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